日本の葬儀文化において「自然に還る」という言葉はよく使われますが、実際はどうでしょうか。火葬後の遺骨を土中に埋めることが「自然に還る」と言えるのでしょうか。
今、アメリカを中心に広がりつつある「ヒューマンコンポスティング」という新しい葬送方法が、私たちの「死後の在り方」に革命的な問いかけをしています。
この記事では、従来の葬儀の概念を根本から覆す可能性を持つヒューマンコンポスティングについて詳しく解説し、日本人の死生観や自然観に新たな視点をもたらす可能性を探ります。
ヒューマンコンポスティングとは?本当の意味で「土に還る」埋葬法
ヒューマンコンポスティング(Human Composting)とは、人間の遺体を土葬や火葬するのではなく、そのまま堆肥にして自然に還すという、画期的な埋葬方法です。日本語では「堆肥葬」または「有機還元葬(ゆうきかんげんそう)」とも呼ばれています。
この方法では、遺体を専用の容器に安置し、木材チップなどの有機物とともに微生物の力で自然に分解。約6~8週間という比較的短期間で、遺体全体が栄養豊かな土に変わります。一人の遺体からは、約0.76立方メートル(およそ一立方ヤード)の堆肥が生成されます。
土に還るといえば、日本では「樹木葬」が知られていますが、ヒューマンコンポスティングは火葬のプロセスさえ経ずに、文字通り体全体が土に還るという点で、より本質的な「自然葬」と言えるかもしれません。
ヒューマンコンポスティングの歴史:環境問題への意識から生まれた新たな選択肢
この埋葬方法が法的に認められたのは、2019年にアメリカのワシントン州で「有機還元・加水分解という2つの方法を認める」法案が可決されたのが始まりです。それ以降、コロラド州、オレゴン州、カリフォルニア州、バーモント州、ニューヨーク州でも合法化が進み、現在ではアメリカの6つの州で合法となっています。
ヒューマンコンポスティングの実用化を進めたのは、建築学を学んでいたカトリーナ・スペード氏です。彼女が創設したRECOMPOSE社(リコンポーズ社)は、2021年にシアトルで世界初のヒューマンコンポスティング施設をオープンしました。
スペード氏がこの方法を考案した背景には、現代の葬送方法が抱える環境問題への懸念がありました。土地不足による埋葬スペースの問題や、火葬時の大量のエネルギー消費と二酸化炭素排出という課題に対する、革新的な解決策だったのです。
環境にやさしい葬送方法としての優位性
ヒューマンコンポスティングの最大の特徴は、その環境負荷の低さにあります。
従来の火葬では、一体の遺体を完全に燃やすために大量のエネルギーを消費します。一人分の遺体を火葬するには100リットルほどの燃料が必要で、200~300kgの二酸化炭素を排出するとも言われています。
それに対し、ヒューマンコンポスティングは火葬の約8分の1のエネルギー消費で済み、一体あたり約1トンもの二酸化炭素排出量を削減できるとされています。
また、土葬においては、遺体が環境に悪影響を与えないよう11リットルもの薬剤が必要とされる問題もあります。さらに、埋葬のための広い土地も不要なため、墓地不足の問題解決にも貢献します。
経済的な観点からも、土葬のための土地購入費、棺桶代、エンバーミング処理費用など、高額な埋葬費用を抑えることができるというメリットがあります。
日本の自然観との親和性:「自然に帰る」という美学
「自然に還る」という考え方は、日本人の死生観や自然観と実は非常に親和性があります。
日本の伝統的な自然観では、人間も自然の一部であり、死後も自然の循環に戻るという考え方が根底にあります。その意味では、ヒューマンコンポスティングは日本人の美意識や哲学観に通じる部分があると言えるでしょう。
ヒューマンコンポスティングで生成された堆肥は、遺族が持ち帰って庭の植物に使ったり、森林の育成のために寄付したりすることが可能です。
ある意味で、故人が新しい命を育む土となり、自然の一部として生き続けるという考え方は、日本の「命の循環」という概念に通じるものがあります。
「死んだらいい土になりたいという発想の持ち主が増えれば、社会は変わっていく」という言葉も、この新しい葬送方法が単なる技術革新ではなく、私たちの生き方や死に対する考え方そのものを変える可能性を示唆しています。
類似の環境配慮型葬送:キノコ葬という選択肢も
ヒューマンコンポスティングの他にも、環境に配慮した葬送方法として「キノコ葬」も注目されています。
イギリスの葬儀会社が開発した「生きた棺」は、キノコの菌糸体とリサイクルの麻から作られており、埋葬からわずか45日で生分解される特徴を持ちます。
この棺は、キノコの根とも称される菌糸体(菌糸の集合体)とリサイクルされた麻の繊維でできており、従来の木製の棺と異なり、遺体の分解を促進します。
通常、土葬された遺体が完全に骨になるまでには約5年、棺に入れると10年ほどかかるとされていますが、キノコのお棺を使うことでその過程が大幅に短縮されます。
日本での実現可能性と課題
現在、ヒューマンコンポスティングは日本では行われていませんが、環境問題への意識が高まる中、将来的には選択肢の一つとして検討される可能性はあるでしょう。
しかし、日本で実現するには、法的な整備や社会的な受容など、いくつかの課題があります。日本の墓地、埋葬等に関する法律では、遺体の取り扱いに厳格な規定があり、火葬が原則とされています。
また、宗教的・文化的な観点からの抵抗も予想されます。ニューヨーク州のカトリック会議が「コンポストは家庭から出るゴミをオーガニックに減らすための方法であり、人間は家庭のゴミではない」と反対したように、人間の尊厳に関わる議論は避けられないでしょう。
自分らしい最期のために:選択肢を知ることの重要性
葬送方法は、単なる慣習や形式ではなく、その人の生き方や価値観を反映する大切な選択です。ヒューマンコンポスティングは「土に還り、自然の一部になりたい」という故人の自然観を尊重した選択肢であると言えます。
従来の葬儀形式にとらわれず、自分らしい最期の在り方を考えることは、今を生きる私たちにも大切な視点をもたらします。死について考えることは、今をどう生きるかに直結しているからです。
エコフレンドリーな生活を始めるなら:家庭でできるコンポスト
環境に優しい生活に興味を持った方は、まず家庭でのコンポスト(堆肥作り)から始めてみるのはいかがでしょうか。家庭で出る生ごみや落ち葉を堆肥にすることで、ゴミの削減と土壌改良の両方に貢献できます。
楽天市場では、様々なタイプのコンポスト容器が販売されています。例えば、アイリスオーヤマの「コンポスト容器 130L」は、使いやすさと耐久性を兼ね備えた人気商品です。
初心者でも手軽に始められるサイズや形状の商品も多数取り揃えられていますので、ご自身の生活スタイルに合わせて選ぶことができます。
将来に備えるなら:多様な葬儀オプションを検討する
自分自身や家族の将来の葬儀について考える時、様々な選択肢を知っておくことは重要です。近年では、従来の葬儀形式にとらわれない、個人の価値観や希望に沿った葬送サービスが増えています。
まとめ:変わりゆく葬送文化と私たちの選択
ヒューマンコンポスティングは、単なる新しい葬送方法ではなく、私たちの死生観や自然との関わり方に根本的な問いかけをする取り組みです。環境問題が深刻化する中、葬送においても環境負荷を減らす選択肢として、世界的に注目が高まっています。
日本でも、将来的には「お寺の墓地は鎮守の森のような姿に変わっていく」可能性があり、葬送文化の新たな展開が期待されています。
今回ご紹介したヒューマンコンポスティングをはじめとする新しい葬送方法が、日本人の死生観をどのように変えていくのか。そして、私たち一人ひとりが「自分らしい最期」をどう選択していくのか。
これからの人生、そして自分の死後について考える機会として、この記事が少しでもお役に立てば幸いです。